PROFILE
川原崎 晋裕 ( Director/Learning Dept. Officer ) 大学卒業後に上京し、エン・ジャパンで営業を経験。編集業への関心からサイゾーに転職し、Webメディア事業の立ち上げを担い収益化に成功。当事業の責任者を務めた後、2013年に独立しログミー株式会社を創業。2020年にSansanグループへのM&A。退任後、充電期間を経て、2024年6月よりクロステック・マネジメントにジョイン。
ログミー創業者が語る、“書き起こし”への原点
──現在に至るまで、どのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか?
大学卒業後、22歳で上京し、エン・ジャパン株式会社に営業職として入社しました。3年後、かねて興味のあった編集の世界にチャレンジしたく、株式会社サイゾー(当時はインフォバーン)に飛び込みました。当時は、ウェブの影響で紙媒体が軒並み経営の危機に瀕していた時期で、雑誌業界もかなり厳しい状況でした。そこで、サイゾーでもWeb展開を始めようという話になり、私自身がWeb事業の責任者としてサイゾーのWebメディア事業立ち上げに携わりました。サイゾーのコンテンツがインターネットと非常に相性が良く、わりとすぐに収益化できたのは運が良かったですね。その後、より広い視点での意思決定や経営的な目線で事業をやってみたいと思うようになり、これは自分でやってみないとわからないよな、ということで「ならば自分で会社をやろう」と起業を決意。こうしてログミー株式会社を立ち上げました。
──全文書き起こしメディア「ログミー」を立ち上げた背景を教えてください。
ログミー株式会社ではスピーチや対談、記者会見などを全文書き起こしてログ化するメディアを開発しました。自分がメディアの仕事をしていたからこそ感じていたことなんですが、世の中に出ている情報って、正直すごく偏っているなと思っていて。たとえば記者会見で60分話された内容は文字に起こすと大体2万字くらいなんですが、新聞記事になると500文字くらいの短い要約になる。それを「一次ソース」と呼ぶことに違和感があったんです。だったら全部書き起こして、本当の意味での一次情報を残したいと思って始めたのがログミーでした。もう一つの理由は、インターネットのコンテンツの質の低さです。調査や取材に時間をかけた記事より、粗製乱造されたPV狙いの記事のほうが評価され、収益化できてしまう。それがすごく悔しくて。質の高い情報がちゃんと評価される世界を作りたかったんです。
──その後、ログミーを売却された経緯についても教えてください。
きっかけは、結婚したばかりの妻が末期がんと診断されたことでした。医者には「助からない」と言われたんですが、自分で国内外の論文を調べ、日本では保険適用外の治療法の中に、妻の病気に効きそうなものが見つかったんです。ただ、費用が非常に高額なため、「現金が必要だ」と思ったのが事業売却を考え始めたきっかけです。その後ご縁があって上場企業グループにジョインすることができ、2年後に代表を退任しました。退任後の約2年間は定職には就かず、次に取り組むべきことをじっくりと模索する時間に充てていました。
アカデミア版ログミー構想からつながった縁
──クロステック・マネジメントにジョインした経緯と、その背景にある想いを教えてください。
私自身も次に事業を手がけるなら、政治・教育・医療・福祉といった、「なくなったら本当に困る」領域に挑戦したいと考えていました。インターネット事業に長く携わる中で、多くのITサービスは、仮に消えても代わりがすぐに出てくるし、生活に本質的な影響を与えるものは意外と少ない、という実感を持っていたからです。たとえば医療の世界では、情報の流通がとても限られていて、私のように家族が珍しい病気にかかった場合に治療法を探そうとしても、簡単にはいきません。教育の世界も同様で、非効率で不透明な仕組みがいまだに多く残っており、受益者であるはずの子どもや保護者にしわ寄せがいっているケースも少なくありません。私は、そうした“構造的な不合理”を壊し、仕組みそのものをつくり変えていくことに強く惹かれています。旧態依然としたレガシー業界に風穴を開けること。次に取り組むなら、まさにそうした挑戦だと考えていました。
ちょうどその頃、クロステック・マネジメントで新しい教材のプロダクトをつくる構想が立ち上がり、代表の小笠原に紹介してもらったのが入社のきっかけです。小笠原はログミーの最初のエンジェルというつながりでした。昔、「アカデミア版ログミーをつくりたいね」「授業って別に書き起こしでいいよね」という話を小笠原としていたことがあって、それが今につながっているのだと思います。
──教育に対して、違和感や問題意識を持つようになったきかっけはありますか?
教育の構造には以前から違和感がありました。僕は高校2年の終わりまで、勉強はまったくせず学校にもほとんど行ってませんでした。ただ、なにかのきっかけで大学に行こうと思い立ち、独学で勉強をはじめたんです。授業の内容にはまったくついていけないので、その時間を使ってひたすら家で教科書を読んで、わからないところは先生に聞きに行くというスタイルです。なんとか間に合って大学にも合格できました。そのときに気づいたのが、僕は授業などで「人の話を聞いて理解する」のが苦手で、「文字を読む」ことで理解するタイプだったということ。授業でわからなかったことも、教科書を読めばすんなりわかったんです。
つまり、私のようなタイプの生徒には、読めばわかることをわざわざ音声で伝える「授業」という学習フォーマットは非効率だったわけですね。逆にpodcastのような音声インプットのほうが得意な人もいるし、図や漫画などのほうが理解しやすい人もいる。それぞれに合った学び方があるんだなと。また、視覚・聴覚に制約があったり、歩けなくて通学が負担になる人にとっても、現在の学校のスタイルは不利な設計です。学びを本当の意味でアクセシブルにするために、教育の構造自体を変えていきたいと思うようになりました。
誰もが“学び方を選択”できる教育のかたちへ
──現在のクロステック・マネジメントではどんなことをされていますか?
Learning Deptというプロダクトの企画・設計をする部門のOfficer(責任者)を担当しています。PO(プロダクト・オーナー)や教材をつくる編集者が在籍しているチームで、プロダクトごとに他チームのエンジニア・デザイナーといっしょにプロジェクトを立てて開発を進めています。スコープは学生が入学してから卒業するまでの全体のプロセスで、一般的なLMS(Learning Management System)の機能にとどまらずAIを使ったプロダクトを随所に取り入れ、学生に対して最高の学修体験を提供するとともに、彼らを支える教職員の業務負荷をできるだけ削減するような設計を目指しています。
特に意識しているのは、学生の多様性です。本学は通信制のコースの学生数が国内トップクラスに多いのですが、その多くは社会人のリスキリングです。また、私たちはアジアへの進出を目指しており、海外の学生も対象になってきます。そこで重要になってくるのがアクセシビリティで、視聴覚対応や多言語化はもちろんのこと、個々人の得意とする学修スタイルに対応できるものでなければなりません。
AIの登場によって、これまでは難度が高かった学生ひとりひとりに対するパーソナライズが可能になりました。まさに私が高校生のときに感じていた、これまでの教育システムにおけるさまざまな課題を解決できる時代になってきているということです。
──これからの時代に求められる学びのかたちはどのようなものでしょうか?
世界中のすべての人に学びが開放される時代をつくりたいですね。本人ではなく家族の希望で進学の選択肢が狭まったり、金銭面の問題が障害になっている人もいます。究極、学びたいだけなら学校に行かなくても良い、というのが理想で、学校や学位、資格などはプラスアルファのものになっていくんじゃないかと。そういった自学自習が可能な環境になると、学校や教員の役割も変わっていきます。いまは多くの教員が授業準備や課題の採点など、日々多くの業務に忙殺されていますが、そのあたりをテクノロジーでカバーすることができるようになれば、ワークやその教員独自の知見の共有など、より本質的な教育に取り組めるようになると思います。
教材が何を学ぶか(what)を担保し、学校や教員がどう学ぶか(how)を提供する。少なくとも国内に限って言えば、子どもの数も教員の数も減っていく中で、どうやって教育の質を担保していくかが大きな課題になってくると考えています。
唯一無二の価値を目指して
──クロステック・マネジメントにおけるやりがいや、チームで働くうえでの魅力を教えてください。
私を含め、ほとんどのメンバーが業務委託契約で構成されている組織なので、みんながプロ意識を持って自律的に仕事に取り組めている環境がとてもやりやすいですね。
POも編集者も、私より業務経験が豊富で優秀なメンバーばかり集まっているので、日々学びが多いです。このチーム体制が始まってまだ半年も経っていないので、リリースされているプロダクトは少ないんですが、なにもないところから新しい価値を生むというのはやりがいがあります。
私たちのつくったプロダクトが新しい教育のインフラになり、新たな教育のスタンダードをつくる、そういう未来を目指して日々取り組んでいます。